死に至る道を歩む人
2026年 02月 16日



年が明けて訃報を受け取りました。
田舎の同級生、ガンでした。
数年前、こちらに来た時に同期3人と食事をしたのを思い出します。二人は酒を飲み、タバコを吸っておりました。
若い頃、彼にタバコはやめたほうがいいよとアドバイスしたことがあります。
穏やかな言葉で言いましたが、心の中は殴りつけてでも言うことを聞かせたいほどの強い思いでしたが、笑って聞いておりました。
タバコを吸うと癌になると言いますと、誰でも自分はならないと、根拠なくそう思うようです。
様々な人生を見てきましたが人というのは大体そういうものです。
患い、終いには、なんで俺がとか、負けずに戦うとか、必ず打ち勝つとか・・・言い出します。治療効果が見えないと医師にくってかかる人も見たことがあります。
注意深ければ死なずに済んだはずなのに、人は手遅れになって初めて命の危険を自覚します。
1年前の年賀状で闘病中であること、田舎から大きな病院のあるこちらまで抗がん剤の治療のために体調の悪さに耐えながら通院していることを知りました。
彼は早くに奥さんを癌で亡くしていました。
長く生きることが良いことだとは思いませんが、わざわざ火の中に飛び込むような生活をして健康を害することはないのです。
健康に良くない、悪い生活習慣はあります。
どんな乱れた生活をしても、もともと強靭で長寿の人はいます。しかし、医学的に危険とされる習慣は改めないといけません。
俺の体だ、うるさいことを言うなという人がいます。好きなことをして死んでいくのに文句があるかという人もいます。最後の時に一つの後悔もないのでしょうか。
健康で生きる権利も、不健康な生活で死ぬ権利も選択は自由ですから一定以上の踏み込み方はできません。
私は、死に直面した時に、ああしておけば、こうしておけばという思いを残したくないタイプです。
死に際して、神様が与えてくれた丈夫ではなかった体によく頑張ってくれたと感謝しながら、納得して思い残すことなく逝きたいと考えているのですが・・・。
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